私たちのまち岩国には、錦川という川が流れていて、その上に五連の木のアーチ——錦帯橋が架かっています。最初に架けられたのは1673年。流されては架け直され、傷んでは組み直され、それでも350年、橋はいまもそこに架かっています。

いちばん心を打たれるのはここです。釘にほとんど頼らないあの木組みは、「一度つくって、そのまま守り続ける」ためのものではありませんでした。定期的に架け替えることを最初から前提にして、そのたびに次の世代の大工さんへ技が引き継がれるように設計されていたのです。

つまり錦帯橋は、ただの橋ではありません。図面が残り、作業の順序が残り、架け替えという「引き継ぎの儀式」が残る——特定の誰か一人がいなくなっても橋が絶えないように設計された、技の継承システムそのものなのです。

錦帯橋の木組み・継ぎ手のクローズアップ
釘にほとんど頼らない木組み——継ぎ手そのものが、技を引き継ぐために設計されている

「あの人にしか渡れない橋」

さて、私たちの職場を思い浮かべてみてください。「あの取引先のことはAさんしか分からない」「あの機械の音の意味はベテランにしか聞き分けられない」「あの人が休むと請求書が止まる」——多くの会社に、こういう橋が何本も架かっています。その人にしか渡れない橋です。

世間ではこれを「属人化」という難しい言葉で呼びます。でも、難しい名前をつけても仕事は楽になりません。問うべきことはもっと単純です——350年前の岩国の大工さんたちは、なぜこの問題を起こさずに済んだのだろう?

答えは、「知恵を自分の頭の外に残したから」です。図面に。組み立ての順序に。そして、若い職人が手を動かして覚えざるを得ない「架け替え」という仕組みに。知恵は一人の名工の中ではなく、仕組みの中に生きていたのです。

現代の「杖」を使う

350年前は、図面と儀式がその役割を担いました。いまの私たちには、もうひとつ道具があります。ベテランの語りをそのまま聞き取り、大事なところを整理して、必要なときに誰でも引き出せる「レシピ」に変えてくれる仕組み——それが、私たちのいう現代の杖です。

これはベテランの代わりをするものではありません。錦帯橋の架け替えが最初の大工たちへの敬意であるように、その人の勘や経験を記録して整理することは、その知恵への敬意です。そして、誰かが現場を離れても橋が落ちないようにするための、いちばん確かな備えです。

もしあなたの会社に「あの人にしか渡れない橋」があるなら、最初の一歩は道具を買うことではありません。その橋のたもとへ行って、渡り方を語ってもらうこと。すべてはそこから始まります。